普通よりちょっといい感じで生きていけたらな

社畜も起業も違うんじゃないの?って視点で働き方を考えているつもりのブログ

新聞は読んだほうがいいね

新聞が順調に発行部数を下げている。

 

toyokeizai.net

 

それ見たことか偏向報道マスゴミめ、ざまあみろなどと言いたくもなる気持ちもわからなくはないが、それはおいておいて新聞は読んでおいたほうがいいと思う。それは単純にちゃんとした文を読む機会として。そして異なる視点を得るために。

 

平成28年社会生活基本調査によれば社会人の平均学習時間は1日6分という。統計の仕方、見方には色々あるし、6分でも10日やれば1時間じゃんとも思うが、まぁなんか短い気はするよね。しかし我々は忙しいのだ。ログインボーナスももらわないといけないし、デイリーミッションもクリアしておかねばならない。通勤中に貴重な睡眠を確保する必要もある。お疲れである。

 

社会人は極めて文字の文化だ。だが一方で「ちゃんとした文章」に触れる機会がはそう多くない。メールとか社内文章があるじゃんと思うかも知れないが、あれはある程度決まったテンプレートの使いまわしでしかない。編集や校正のチェックを通った文とはまた異なる性質のものだ。生業としてそれを続けてきた新聞というものは、なんやかやある程度の質が担保された文章を継続的に読むという事の習慣化に寄与する。最新情報に触れるのは楽しいし、それも読むモチベーションになる。悪くない。

 

読んでいれば書く方も良くなるかというと100%そうではないけれど、一定の水準は保てるように体験から思う。楽器と一緒で、長くやっていないと昔の感覚を取り戻すのに時間がかかってしまうが、少しずつでもやっていればある程度は維持できるのと同じだ。読むことも書くことも求められる社会人は読んでいて損はないと思う。

 

さて、視点だ。新聞は中立を装ってはいるが、明らかに各新聞社でスタンスがある。その事の是非についてはここでは言及しないけれど、これによって1つの物事でも、また随分と違う見方が出来るものだなという、異なる視点を得ることが出来る。これはかなり大きなメリットである。自分で反対意見を考えて、論理だててアウトプットするなど簡単には出来ないし、時間もない。

 

異なる意見に触れ、良い点悪い点について考え、自分の意見を決めるという事は思考の基礎だ。それの日々の訓練に役立つので、新聞は読んでおいたほうがいいと思う。

 

しかしもちろんそれは紙媒体でなければいけないという事ではない。極めてどうだっていいと個人的には思っているが、最近流行りのSDGsの観点から言えば新聞なんて最低の存在だろう。というわけでWebで複数の記事を読むに限るね。